ハザードマップとは何か?
私たちが住む日本では、毎年のように洪水、地震、土砂災害、火山噴火などさまざまな災害が起きています。このような災害の種類の多さにもあって、災害の想定される範囲などを示すハザードマップも様々なものがあります。
全国の自治体で広く作成されているものには、概ね8種類があります。順を追って、どのようなものか見てみましょう。
洪水ハザードマップ
洪水ハザードマップとは、川の堤防が壊れたり(決壊)、堤防を川の水が乗り越えるなどにより川の水が堤防の内側にある街に押し寄せることで起こる、洪水を対象としたハザードマップです。
ある川で洪水が発生した時に、どれだけの範囲に浸水が及ぶか、どれだけの深さの浸水があるか、また避難所はどこか、どこを避難経路とすれば良いかなどが載っています。
洪水ハザードマップを見るときは、どの川を対象としたハザードマップかに注意が必要です。同じ自治体でも川ごとハザードマップが作られていたり、大きな川の想定はあっても、小さな川で作成されていないこともあります。遠くにある大きな川だけが対象となっている場合、近くの小さな川で氾濫の可能性があっても浸水想定区域とされていないことがあります。
国は、これまでハザードマップを作成する対象を大きな川としてきましたが、昨年2021年2月にはに中小河川も浸水想定ハザードマップの作成対象として義務化する方針が打ち出されており、今後小さな川のハザードマップも増えていくことが見込まれています。これまでに対象が2,000ほどだったものから、15,000ほどに増加すると見込まれています。
どれだけ雨が降ったかの想定は、100年に1度ほどに雨の量を基準とした「計画規模降雨」とされていましたが、2015年7月以降、1,000年に1度ほどの雨の量を基準とした「想定最大規模降雨」を基準としたマップに見直しが薦められております。
各自治体で想定最大規模降雨で想定されたハザードマップへの更新が進められておりますが、現状ではまだこれらの想定がまちまちである状況にあります。とくに、複数の自治体の間でマップを比較する際などには、①どの河川が作成対象か、②どのような降雨量の想定によるものかについて、気を付けることが求められます。
洪水ハザードマップの例(さいたま市洪水ハザードマップの例)
②内水ハザードマップ
洪水が川があふれたり堤防が決壊することによる水害であることに対して、集中豪雨などで街中に流れ込んだ水が下水や川に放流できず、溢れてしまう水害を内水氾濫といいます。川が近くになくとも、高台でも周りより低い場所では雨水が集まって排水が間に合わないと起こることがあります。このような内水氾濫を対象としたハザードマップが「内水ハザードマップ」です。
「水害のハザードマップ」で検索すると、大きな川の洪水ハザードマップは作成されていても、内水ハザードマップは作成されていない自治体も少なくありません。洪水ハザードマップと一緒の地図上で表示されている自治体もあります。
海や川が近くにない方でも、内水ハザードマップが自治体で公開されている場合は是非確認ください。洪水ハザードマップだけ見て「水害の心配がある範囲ではない」と判断すると、内水氾濫や高潮などの浸水域だった、ということもあるので注意が必要です。高台でも周りより低く水が集まるような場所では、内水氾濫の可能性がある地域は少なくありません。
内水氾濫は、舗装されて土の部分が少ない、都市部において地中に水がしみこみにくい事で起こりやすく、都市型水害と呼ばれることもあります。都市では地下街や線路や道路の下をくぐるアンダーパスが多く、内水氾濫では危険なアンダーパスの位置などが記載されていることがあります。駅からの帰り道や通勤ルートの危険な場所のチェックにも役立ちます。
内水ハザードマップ(横浜市内水ハザードマップの例)
③高潮ハザードマップ
高潮とは、台風や発達した低気圧が接近した際に、低い気圧によって海水が吸い上げられることで海面の水位が上昇して、陸に吹き寄せる現象です。沿岸部では、高潮が発生すると低い土地の浸水を招くことがあります。高潮ハザードマップはこのような高潮による浸水を想定したものです。
主に大きな地震に伴って発生する津波ハザードマップ、また川の氾濫による洪水ハザードマップ、集中豪雨などで街中に流れ込んだ水が下水や川に放流できない内水氾濫を対象とした内水ハザードマップとは異なるものです。東京や大阪の沿岸部などでは、高潮により3m以上、5m以上の浸水が想定されている区域も少なくありません。
高潮は、川に沿って内陸に遡上することもあるので、平野部では海に面していない市区町村でも高潮ハザードマップが作成されていることがあります。たとえば東京都であれば北区、板橋区、足立区や、千葉県であれば流山市、松戸市など海から離れた内陸と思われている地域でも高潮の浸水想定区域があります。
一方で、高潮が想定されない内陸の自治体では作成されません。
高潮ハザードマップ(東京都高潮浸水想定区域図の例)
洪水、内水、高潮ハザードマップは、「水害ハザードマップ」として、2021年8月から、不動産を取引する際の重要事項説明において、説明が義務化されました。国交省によると、重要事項説明書に水防法に基づく各ハザードマップの有無を記載し、ハザードマップで物件所在地の位置を示して説明しなければならない、とされています。
④ため池ハザードマップ
農業が盛んな地域では、水確保のために農業用のため池が作られていることがあります。平成30年7月豪雨では、このようなため池の32か所で決壊が発生し、下流域に被害をもたらしました。
これをきっかけとして、決壊等があった際に近くの浸水区域内に家屋や公共施設に被害をもたらす可能性がある「特定農業用ため池」について、ため池ハザードマップの作成が進んでいます。
そもそも農業用のため池がない都市部には存在しませんが、農業の盛んな地域や、ため池の多い地域である愛知県東部や大阪府南部などではため池の数も多く、決壊した際に被害が想定されるため池が存在することがあります。お住いの土地や引っ越しを検討している土地の近くに農業用のため池がある場合には、事前に確認しておくと良いでしょう。
ため池ハザードマップの例(明石市ハザードマップの例)
⑤土砂災害ハザードマップ
土砂災害には、急傾斜地の崩壊(崖崩れ)、土石流、地すべりの3種類があります。これらの災害がある可能性がある場所は、自治体が「土砂災害警戒区域」として指定し、その位置を示したものが土砂災害ハザードマップです。平坦な土地ばかりしかなく、土砂災害警戒区域がない自治体では、土砂災害ハザードマップは作成されません。
土砂災害の種類(東京都建設局HP)
土砂災害警戒区域(イエローゾーン)は、「土砂災害が発生した場合に、住民の生命または身体に危害が生ずるおそれがあると認められる区域」が指定されますが、より大きな被害を受ける可能性がある地域は土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)とされ「土砂災害が発生した場合に、建築物の損壊が生じ住民等の生命又は身体に著しい危害が生ずるおそれがあると認められる区域」が指定されます。
土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)では、特定の開発行為が許可制となり、建築物の構造規制などが行われます。不動産を取引する際の重要事項説明においては、土砂災害警戒区域では区域内にあることを説明する事が、土砂災害特別警戒区域では 説明に加えて都道府県知事の開発許可を受けた後でないと広告、売買契約が行えないことなどが義務化されています。
土砂災害警戒区域・特別警戒区域の指定範囲(急傾斜地の崩壊の場合)(東京都建設局HP)
土砂災害は、高低差が大きな地域(関東地方であれば東京都西部〜横浜市西部の多摩丘陵や、鎌倉市〜逗子市、横須賀市の三浦丘陵)、また土石流の起きやすい花こう岩地帯の山地がある地域(中国地方、四国地方の瀬戸内海沿いなど)で発生しやすい傾向があります。
お住まいの土地や引っ越しを検討している土地が高低差の大きい土地や、近くに山がある場合などは、土砂災害ハザードマップを確認しておくといいでしょう。土砂災害の種類と、土砂災害警戒区域か土砂災害特別警戒区域かが掲載されているほか、近くの避難所や避難ルート、自治体によっては水害により想定される浸水深も地図上に併せて表記されていることがあります。
土砂災害ハザードマップの例(神奈川県逗子市土砂災害等ハザードマップの例)
⑥地震ハザードマップ
地震ハザードマップでは、想定される地震の揺れに対して、どのくらいの震度が想定されるか、また地震により発生することが懸念される液状化のマップなどが表示されています。自治体によっては、建物被害の割合や棟数、地盤の揺れやすさ、火災延焼による被害の割合などとして示されていることもあります。
地震ハザードマップは、主に地震があった時の揺れを対象としています。自治体によって想定している地震や表示方法などが違うことが多く見受けられます。震度がどのくらいになるか、あるいは地盤の揺れやすさを示すマップでは、自治体の中で揺れやすい地盤で大きな揺れとなりやすい地域か、揺れにくい地域で大きな揺れとなりにくい地域かの目安を見ることができます。
自治体が作成している地震ハザードマップのほか、全国統一的な揺れやすさや、震度いくつ以上の地震が起こる確率などを示すマップとしては「J-SHIS Map」などもあります。
地震マップの例(横浜市地震マップの例)
とくに平野部では、大きな地震により液状化現象が起こる可能性があります。液状化現象では人が直接的に亡くなることはまれですが、道路や外構部の被害や、地下の埋設管の断裂などライフラインへの被害だけでなく、戸建て住宅では家屋の沈下などに繋がることがあります。マンションでも、建物は杭で支持されて被害がなくとも、ライフラインの被害により水道、下水道が使えなくなることや、周りの地盤が沈下して50㎝以上もの段差が発生してしまうこともあります。
液状化現象により大きな地盤沈下、とくに片側に沈下する不同沈下が発生すると、健康被害の発生などによりそのまま住み続けられないこともあり、事前にマップの確認のうえ地盤調査・対策工事をした方が望ましいこともあります。
地震ハザードマップでは、地震の揺れのマップに加えて、液状化ハザードマップを確認しておくことをお勧めします。
液状化マップの例(横浜市液状化マップの例)
⓻津波ハザードマップ
海底が震源の大きな地震が起こると、津波が発生することがあります(津波は、稀に火山の噴火や山体の崩壊で起こることもあります。大きな津波が起こると、沿岸部では壊滅的な被害が懸念されます。津波被害が起こる可能性がある地域では、津波ハザードマップが作成されています。
津波ハザードマップでは、想定される浸水範囲、浸水の深さのほか、避難先、避難ルートなどが記載されています。津波の浸水される地域では、津波ハザードマップを予め確認しておき、避難先や避難ルートを確認しておきます。いざ、津波警報、大津波警報等が発令された場合や、大きな地震の揺れを感じた場合には、迅速に避難することが望ましいです。
津波ハザードマップの例(鎌倉市津波ハザードマップ)
⑧火山ハザードマップ
日本は、世界でも有数の火山の多い火山国で、111か所の活火山があります。火山が噴火すると、高熱のガスや土砂が一挙に山をなだれ下っていく火砕流や、大きな噴石が飛来するような、火山特有の災害が起こることがあります。
火山ハザードマップとは、火山が原因となって起こる災害である、火砕流、大きな噴石、融雪型火山泥流などの種類と、それらの被害が及ぶと考えられる範囲を示した地図です。火山は、温泉や素晴らしい風景といった恵みをもたらしますが、ひとたび大きな噴火があると、周囲に非常に大きな被害をもたらすことがあります。
火山ごとに作成されていることから、火山の近くにお住まいの方、移転を検討されている方は、近隣の火山が噴火等した場合にどのような被害が及ぶ可能性があるか、事前に確認しておくことをお勧めします。
火山ハザードマップの例(富士山ハザード総合マップ)
ハザードマップを見てどう行動するか
ハザードマップは自治体でも複数のマップがあることや、読み取りが難しい場合があります。マップを見て、災害リスクをどのように考えればよいか。我が家や購入しようとする家の被害はどの程度が想定されるか、避難は必要なのか、どのような対策が必要かなど、判断が難しいこともあります。そのような場合は、専門家へのご相談をお勧めします。「災害リスクカルテ」では、ハザードマップに加えて地形や災害の起きた履歴などから、地盤と建物の専門家が1軒ごとに災害リスクと被害の程度を評価し、15分の電話相談も付いていますのでご活用ください。
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災害リスクカルテは、過去345件超の物件で発行しています。それらの傾向から、約47.3%の物件で何らかの災害リスクが「高い」という結果となり、水害に関しては55%の物件で「浸水リスクがある」(道路冠水以上、床下浸水未満を超える可能性あり)という結果が得られています。
災害リスクとその備え方は、立地だけでなく建物の構造にもよります。戸建て住宅でも平屋なのか、2階建てなのか、また地震による倒壊リスクは築年数によっても大きく変わってきます。
レポートだけではない!建物の専門家による電話相談アドバイスも
既にお住まいになっているご自宅や実家のほか、購入や賃貸を考えている物件、投資物件の災害リスクや防災対策が気になる方におススメです。特に、ホームインスペクションを実施する際には、併せて災害への備えも確認しておくとよいでしょう。災害リスクカルテの提出はご依頼から概ね4日で発行が可能です(位置の特定・ご依頼の後)。不動産の契約前や、住宅のホームインスペクションと同じタイミングなど、お急ぎの方はまずは一度お問合せください。
■記事執筆者(災害リスクカルテ監修)
横山 芳春 博士(理学)
だいち災害リスク研究所所長・地盤災害ドクター地形と地質、地盤災害の専門家。災害が起きた際には速やかに現地入りして被害を調査。広島土砂災害、熊本地震、北海道胆振東部地震、山形県沖地震、逗子市土砂災害等では発生当日又は翌朝に現地入り。
現地またはスタジオから報道解説も対応(NHKスペシャル、ワールドビジネスサテライト等に出演)する地盤災害のプロフェッショナル。